3回目の合宿指導を終えて(1): 背景とか

前回記事はこちら。

そんなわけで9日にサマーコンサート本番聴いてきました。ほんとは今日までに該当記事シリーズ全部書き終えてしまう予定だったのですが第1部しか終わらなかったという…。合宿後に「楽器を吹いたら風邪をひく」現象が発生し、よく調べたら水入れのメンテが甘かったせいだった、というので2週間で体力がまるっと失われました…。

今年見に行くことになったのは完全に事故だった

前回も書いてた言い訳を改めて。

背景から書きますと、私の出身高校のオーケストラ部の運営/指導体制としては、「ここ20年弱担当の音楽の先生は声楽出身で、演奏活動にはほぼ介入しない」「学生指揮」「金管楽器のトレーナーの先生がいる」「残りはOBOGが補う」みたいになっています。顧問の指導が強く入る吹奏楽部文化とは違いメンバー(と指導するOBOG)の自主性がかなり求められるスタイルになっています。活動にコンクールがないゆえに成り立っている部分が大きいかもしれません。

もはや他のOB陣に対する言い訳のような感じですが、本来は私のように齢の離れまくったOBには声がかからないのが普通です。だいたいは学部2〜3年の大学生に声がかかるのが一般的なのですが、楽器を大学のサークルで続けているとそちらの合宿と重なったりもするのでことはそう簡単に行きません。…そうしたら、大学3年生までの連絡取れるところ取った上で全滅したから、なぜか諸々すっ飛ばして連絡の取りやすい私に話が来たようです。まあ時間の余裕があるかといえばそこまであるわけではないですが、考え方によっては土日全コマ練習があるのと拘束時間は大差ないし、たまたま土日どちらも練習が入っていない週だったのでOKしました。

10年間(!)OBとして教えに行く上で念頭にあったこと

最初のほうは純粋に技術的な目的で練習を見に行っていたのが後半になると「早くこれ誰か跡継いでくれや」という焦りも出てきてた感はありますが、だいたい共通して考えてたのは以下です:

  • 楽器を持ち始めてすぐの頃に、できるだけ歴の長い人に見てもらって癖を修正できたほうがいい
  • 他の団体の合奏やレッスンで得た知見を共有することで「ショートカットする」方法を与えたい
  • 現役のときお荷物だった自分でもここまで楽しめるということを伝えたい

純粋に技術的なのが上2点で、長らくやっていくうちにそれ以外の面も馬鹿にならないと思ってきたのでした。

ファゴットという楽器は中学以前から経験している人が稀な楽器で、その他の楽器のすでに経験のある人に囲まれて不安になることが多いのはよくわかるし、だからこそできないで苦しんだ経験のある自分が行くことにある種の意味がある、と考えていました。最近は自分の発表会に現役の部員を(参加する側含めて!)誘うことでファゴットという楽器ができることの幅の広さを知ってもらえれば、と考えて動いています(これなら自分の普段の活動に負担をかけずに済むし!)。

天才は天才しか教えられない

元できない人だった人が教えることについてもうひとつ思うのは、できる人だから教えられるとは限らないことが多い、ということでもあります。極端な話が、天才は天才しか教えられないのではないか、ということです。周りよりも突き抜けてできる人は、普通の人が苦労するところでは苦労しないか、はるか昔に通り過ぎて当たり前になってしまっているのでしょう。練習を見に行って、高いレベルの表現ができてないからつまらなかった、という感想を聞くことがありましたが、その高いレベルの表現にたどりつくための方法を教えてあげる役割を求められているのでは…?もっともこれは私が考え過ぎなのかもしれませんが…。


次回はもうちょっと音楽の話が入ります。学指揮についてとか練習どうやる問題とか。