RubyKaigi 2026 記録 Part 3: 世迷いごと

つづきです。最後に感情を処理して終わりましょう。2026の記録はこれで終わり。

これまでの記事は

です。

「この一瞬を最高のパーティーにしよう」

(注: このセクションは映画『超かぐや姫!』の文脈を強く含みます。ネタバレはないハズ。)

これは4/19の午前1時、つまりRubyist Bulk Reloadの中止が決まり、主催者の手配してくれた水戸のホテルで寝る寸前に書いた内容である。

今年のRubyKaigiで「一般Rubyist」でない唯一やったことはRubyIlluminationsの出演だが、これの元々の出番は4枠中1番目で、なので去年やったみたいに「速くてデカい音でエモに沈めて全てを終わらせる」路線ではなく、特にテーブルのあるスタイルの会場なので「懇親ableな」路線で準備をしていた。しかし上記を受けて、RubyKaigiは「この一瞬を最高のパーティーにしよう」なのでは、と思い至り、Replyが流せてrayのドラムンベースが流せるプランしかない、と思い立って(!?)、残りの出演者に順番調整をお願いして、最終的に去年みたいな「速くてデカい音でエモに沈めて全てを終わらせる」路線になった。

RubyKaigiが「エクストリームな」イベントであることは去年の事後勉強会でしゃべった「ローカルオーガナイザー完全攻略ガイド」でも言及している。具体的にどこまで明言されているかは不確かだが、業者がやるようなイベントにすることを積極的に拒否して自らの手で作り上げることを旨としている。これを、利益のためでなく、本業の外で*1やっているのだ。

今回のRubyKaigiには、RubyKaigiスポンサーをやっていないほうの現場、「Rubyを書いているのはほとんど私の都合*2」であるような現場から、新人メンバーを連れてこようと考えた。それを現場に提案した際のメモには以下のように書いてある:

ここ1年以上問題意識として持っている「圧倒的なクオリティコントロール」の成果を身を以て体験してほしい。この異常さに一般参加者として気づくのはかなり難しいのだが、何もしないよりは意味がある。

RubyKaigiのトークは仕事に直接役に立たないとはよく言われるけれど、私がRubyKaigiで業務に役立つ部分があるとすれば、圧倒的なクオリティコントロールの成果、強いられてやった成果ではなく自発的に出てきた成果でこれだけのエクストリームなことができるということを身を以て体験することができることだと思う*3

Rubyコミュニティが初星学園であるかどうかは一旦置いておくとして*4、Rubyコミュニティがツクヨミであるという部分はかなりそうなのではと思ってきていて、それは「参加者みんなで作り上げる世界である」「参加者みんながクリエイターである」「参加者がみんなでRubyKaigiという一瞬を最高のパーティーにしようとしている」という点がツクヨミとの類似性が高いと考えているからだ。そりゃあ金子さんも10回以上見に行くわけですよ

人間性と向き合う機会になる

RubyIlluminationsについてもう少し

ここで話題になったのが、「私がDJを始めたことでクラシック音楽だけをやってたときに比べて柔軟性が増したのでは」、みたいな話だった。

今回のb2bは前回と違って流す内容の申し合わせは最小限にした。私がいかるがさんから聞いていたのは最初(の候補いくつか)と最後、あとReplyをどっかで流すことだけで、私も最後の曲は決めててそれ以外は軽くリストを共有していた程度だった。マスターリストには70曲くらいあって、だいたいキーの関係からその半分程度に絞れるがその程度。「懇親able」なセットでやる予定だったのを速いのにできた経緯でいうと、3月に一度練習をした際に遅いほう(120〜155)*5と速いほう(170〜)を両方やってみて速いほうが手癖でなんとかできることは確認できていたというのはある。とはいえやったことはかなりstraightforwardだったし、かなり自我が出ている。ima1zumiさんの記事を読む限りでは、やっぱり私の回し方は「クラシック音楽の発表会」的な回し方だなあという気はする。これはクラシック音楽をやっていたときも言われたが、もう少し「つける」能力、今回の文脈でいえば会場にわかりやすい選曲を出せるようにすることが必要だ。「つける」能力という点でいえば、Rubyist Bulk Reloadの中止が決まってバックアッププランを考えている際にかなり余裕のなさそうな態度を表に出しすぎてしまった気がしていて、こういうところでも柔軟性のなさが出てるのだなあ*6

他のセットについていうと、ima1zumiさんは初回からセットリスト決め打ちじゃなく回せてるのめちゃくちゃセンスあるし、pastakさんはいつも通り無法やってて最高だったし、pixiv勢はやっぱり現場慣れしてるな〜というのに加えてReplyの2番で追撃してきたのが最高すぎた。

ちなみにやっぱり30分でb2bやると結構無理をしていて、なので(ではない)6月にもう一度出番があります。よろしくねよろしくね

「禅とロードバイク輪行技術」

(厳密には今回連れて行ったのはクロスバイクなのだがそこは置いておくことにして)

LLMは身体的な領域にはまだ進出できていない、またメンテナンスという営みもAIに取られてくれていない、という話を去年の終わりに(本筋はそうではないにせよ)書いたが、自転車で北海道の果ての地を自走する、またそのために自転車を連れて行くという営みによって、改めて身体的な領域とメンテナンスの重要性を実感した。今まで街の中で自転車を走らせるだけであれば自転車のメンテナンスにほとんど気を遣うことはなかったが、周囲に自転車屋がなくバックアップの移動手段もほとんどないところに行くとなると話は全く別である。そもそも輪行という営みが自転車の物理的な成り立ちがわかっていないとできたものではない。『禅とオートバイ修理技術』*7ではオートバイの修理という「古典的な」メカニズムによって動作する世界観とオートバイのツーリングという「ロマンチックな」世界観は「質」の追求によって両立する、ということが説かれるが、このことを自転車のメンテナンスと走行によって身を以て実感できた。RubyKaigi 2026のKaigiEffectがあるとすればこれで、身体性とメンテナンスに気を遣うようになった、ということが挙げられる。…そういいながら、今も腹を下しているのだが…。

おわりに

もはやRubyKaigiが生活の一部に組み込まれてしまった感はある。RubyKaigiは「質」と向き合う、自らの人間性と向き合う機会を与えてくれるので、私の人間的な成長にポジティブな貢献をしている…ということにしておこう。人間的に成長できてるとよいのだが。

でもやっぱり「質」が人を惹きつけて離さないというのは確かにあるのだろう。現に去年のローカルオーガナイザーの1人はRubyKaigiスポンサーの企業に転職して今年も来てくれた。いい話なので何度でも言っちゃう。今年「地元だったので」ローカルオーガナイザーで初めてRubyKaigiに触れた人には、ぜひまた一般Rubyistとして戻ってきてほしいな。

一方で私は次は「何かをやって」戻ってきたい。技術者たるもの奇行をすることで注目を浴びるべきではなく、技術をやってこそ何者かになれるのだから。というわけで、何かをやった末に、またお会いしましょう。

*1:もちろんイベント業者の人に入ってもらってはいる

*2:は多少言い過ぎだが、普段その現場の人は別にRubyを書いているわけではない

*3:観光と飲み会を含む「廊下」も大事ですね。これもエクストリームなクオリティコントロールに支えられています

*4:一方で、少なくとも「極月学園ではない」という気はしている

*5:こっちでやってたら超かぐや姫!要素はワールドイズマインが出た可能性がある

*6:これは現場にいたonkさんにも言われた、よく見てるなあ…

*7:日本語版は紙では絶版だが電子版はまだ出てる。いや紙のやつも出して…