なんと献本いただいたので(!)極めて個人的なレビューを書きます。
conflict of interest statement
というほどのものでもないですが…
- 私は日本ヴィラ=ロボス協会のホームページとそのドメイン、メールサーバーの管理を行っています。
- 著者の木許さんの指揮する演奏会で何度か演奏したことがあります。以下一例:
どんな本
ブラジルの作曲家、エイトル・ヴィラ=ロボスに関する日本語で書かれた初の本格的評伝かつ作品紹介。協会ホームページの「ヴィラ=ロボス研究・関連書籍」によると厳密には翻訳書が存在するにはするが、日本語初出のものとして初であることは間違いない。また作品紹介パートにおいては、1000曲以上と言われる作品のうち現在楽譜が入手可能な作品ほぼすべて*1について解説がなされている。
本文: 「この本はこの人にしか書けない」
極めて個人的な、と冒頭に但し書きしたように、極めて個人的な経験から言って、この本はこの人にしか書けない、この人によって書かれるべくして書かれた、というべき内容である。
まず著者のバックグラウンドからして、日本にヴィラ=ロボスを紹介したといっても過言ではない日本ヴィラ=ロボス協会初代会長の村方千之氏の弟子であり、大学ではフランス文化を専攻していたという背景がある。パリでの活躍を通して世界にその名を知らしめたヴィラ=ロボスの研究書を書くにあたってこれほど条件が整っていることもないだろう。日本語で書かれた文献が限定的な以上必然的にポルトガル語・フランス語両方に通じている必要があり、その上で音楽をわかっているとなると本当に書ける人が限られてくることもわかる。さらに「ブラジル近代芸術週間」やフランスの芸術家のサークルなどの音楽のみにとどまらない芸術史全体への視野、日本における受容の章では同時代の日本史・日本音楽史の視点など、ただ音楽だけ見ていては書けないであろう内容も数多く書かれている。
ここまでは表に出ている情報なのでいいとして、個人的なことを書くならば、本書で語られているヴィラ=ロボスの生きた様子と著者の人となりが非常に重なって見えてくることもあり、「この本はこの人にしか書けない」、という思いが強くなっている。第1部第6章に引用されている「わたしは、あらゆる意味において〈自由〉を愛する。研究し、調査し、働き、秩序正しく作曲することを愛する。(以下略)」という言葉は、著者本人の口から出てきても全く違和感がない。活動のあり方からしても、国際的な指揮コンクールで優勝したりした日には日本を完全に離れて本場ヨーロッパで活動するという指揮者は多くいそうなものだが、度々海外のオーケストラを振ることはあっても日本の楽団の指揮をとり続けているところは、パリやアメリカで活動はしながらもそれはあくまで自分の楽曲を世界に知らしめるためで最後まで軸足をブラジルに置き続けたヴィラ=ロボスの活動の様子と重なるところがある。「私はここに勉強にきたのではない。自らが既に達成したものを見せるために来たのである」というヴィラ=ロボスの言葉も、著者本人の口から出てきても納得してしまうかもしれない(さすがに言わないとは思うが…)。
著者の指揮するヴィラ=ロボス作品の演奏は3度聴いたことがあり、一度目は2011年のドミナント室内管弦楽団*2でのブラジル風バッハ第4番の第1楽章(アンコールでの演奏だったが弦楽器をやっていなかったことを悔しいと思う程度のまさに奇跡的な演奏だった)、二度目は2016年の「パリの痕跡 -チェロ・アンサンブルと室内楽の午後」というコンサート(このコンサートの選曲・コンセプトも「フランスとヴィラ=ロボス両方の視点を持っている」というものすごく特色が出ている)、3度目は2019年の日本海フェスティバルオーケストラの初見大会でのブラジル風バッハ第9番(全くもって初見でやる曲ではないが…。これを弾いちゃうオーケストラの技量もすごいのだけど、まずこの曲をちゃんとわかってないと振るほうも振れない)。再び木許氏の指揮でのヴィラ=ロボスの演奏が聞けることを願うとともに、本書の出版を機に日本でも幅広く作品が演奏されるようになることを願うばかりである。
(ここからはおまけ)
いちおうファゴット奏者ではあるので「7つの音のシランダ」と「ブラジル風バッハ第6番」はさらってみたことはありますが、ちょっと私の手に負える難しさではなかった。